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「TAKE ME TAKE ME」

 俺はいつも身軽な生活を心掛けている。
 だから荷造りは素早く終わった。
 表に止めたレンタカーのミニバンには、家財道具一式が詰め込まれ、後はこのバッグだけだ。だから、俺はそれを手に、最後に部屋の中を見回して、ウィークリーマンションの部屋を出た。
 ドアの鍵を閉めた。と、その手をつかむ者がいた。
 俺は驚愕し、固まってしまった。マズい、見つかったか?

 俺が驚いたのには理由がある。つまり、俺の仕事が仕事だからだ。
 俺は結婚詐欺師だ。これでもプロのつもりだ。
 世の中には、結婚願望が強く、なのに寂しい生活を送っている女性がたくさんいる。
 俺は彼女たちに、夢を売っているのだ。
 彼女が思い描く結婚相手になりきり、しかも理想像とは少しだけずらして見せ(ここがコツだ)、現実感を醸しだす。そう、本当に百%理想通りになんて出来っこないし、出来たとしたらむしろ相手は引いてしまうだろう。怪しく見えてしまうからだ。
 彼女たちは、自分の欲求や希望を満たしたって、それだけでは満足しやしない。
 「自分が相手の役に立っている。二人は支えあっている。この人のそばにいられるのはあたしだけだ」……この気持こそが、彼女らを、どんなエステよりも美しく輝かせるのだった。
 そして、彼女は心を、俺は財布を満たして、夢は醒める。
 彼女は、少しばかり預金残高は減ったかも知れないが、魅力はむしろ倍増した。しかもちょっとばかり傷心だ。すぐにも誠実なイイ男に巡り会えるはずだ。と、思う。知らないけど。

 そして今日も、夢の結婚相手役を降板し、仮の住まいから消え失せようとしているところだった。ミチコに見つかったら、ちょっと面倒臭いことになる。
 と、思ってるところへ、いきなり手首を掴まれたのである。悲鳴をあげなかったのを褒めてもらいたい。
 俺はゆっくりと振り向いた。そこには女が立っていた。だが、記憶を探るまでもなく、その女は、俺の過去の取引相手の誰とも違っていた。
 目の覚めるような美少女だったのだ。モデル的な感じの細いスタイル、長い手足、前髪を目の上で切りそろえた漆黒のロングストレートヘア。
 俺を必要とするような女性たちとは、こう言っちゃなんだがまるでタイプが違う。
「すいません、ちょっとお願いがあります」その女は、息を切らしながら言った。「乱暴な男に追いかけられているんです。かくまってくれませんか」
「え? 彼氏かなんか?」いいから手を離してくれ。
「そうなんです、今日はまた何かキメてきたみたいで、訳が分からなくなってて、怖いんです」ペコペコ頭を下げながら、「あの、部屋に入れてもらえませんか」
 参ったな。「いや、僕は今この部屋を出て、他に引っ越すところなんですよ」掴まれた手を振りほどきながら俺は言った。「警察に行ったらどうです?」
「あ、警察ですか。でも、あいつ、今度捕まったら実刑食らうって。えとあの、一緒に行ってもらえますか?」混乱しきった口調だった。
 警察。それはまずい。俺が。……仕方ない。喧嘩沙汰は苦手だし。
「じゃあ、僕の車で、逃げますか?」ついに口走ってしまった。われながら、フェミニストすぎる。

 夜の街を走りながら、女に行先を尋ねたが、特に思い当たる場所はないようだった。
 考えさせておいて、俺は自分の仕事を続けた。
 まず、目立たないところにあるコンテナ式の貸し倉庫へ。そこには、衣装や装飾品、その他なんでも詰め込んでいた。自分で買った物、女性に頂いた物が、きちんと整理されておいてある。
 車の中の、とりあえずいらないものを下ろして収納し、今回の役の衣装も、クリーニング屋から帰ってきた状態のまま、全部しまった。
 いま着ている服を脱いでランドリーバッグに入れ、新たに引っ張り出したスーツを身につけた。いくつか着替えを出してトランクに詰め、倉庫の鍵を掛けた。
 女はじっと助手席に座って待っていた。
 服を着替えて戻ってきた俺を見ても、何も言わなかった。

 さて、どうしようか。
 流れる水銀灯。アーク灯。揺れるテールランプ。
 闇の中を走りながら、俺は考えていた。
 とにかく、何も言ってくれないんじゃどうしようもない。
 と、女がそっと俺の方に頭をもたせかけてきた。
 ……たまには、俺が夢を見させてもらうか。

 自腹を切る時には、俺は見栄をはらない主義だ。
 俺は車を、郊外のラブホに突っ込んだ。
 女は、俺の手をぎゅっと握ってきた。

 部屋にあがり、女にシャワーを勧めた。
「いえ、私は後で……」そう女がつぶやいた。
 遠慮無く、先に入らせてもらうことにした。信用しないわけではないが、車のキーと財布、携帯は、洗面台の下の、ゴミ箱の中にあるビニール袋にくるんで浴室へ持って入った。これは一種の職業病である。

 俺は心地よいシャワーを浴びながら、疑念を感じていた。だってそうではないか。確か、彼女は危ない彼氏から逃げるためについてきたはずだ。なのに、なぜ、俺と寝ようとするのか。一宿一飯のオンギか?
 なにか裏があるに違いない、と思った。ああ、欲望にまかせて押し倒さなくてよかった。
 美人局か、あるいはなにか交換条件でも出すつもりか。
 まあいい。いざとなれば逃げるとしよう。
 暑苦しかったがとりあえず最低限の服を身につけて、更衣室兼洗面所を出た。
 そこに、大勢の女性たちがいた。
「え?」
 ドアの脇にいた、あの嘘つき女が、俺に体当りしてなにか熱いものを押し付けた。
 スタンガン。
 

 目が覚めたら、そこは地獄だった。
 ミチコをはじめ、ケイ、メグ、ユキ、アイ、ユカリ、モエ、その他大勢。俺のかつての顧客たちが、一同に会していた。
 あの、長い髪の女は、なんだったんだ。俺は目で探した。
「ああ、あの人は、お仕置きやさんなの」ミチコが言った。「探偵事務所の人でね、あんたみたいな女の敵をやっつける手助けをしてくれたのね。ここにいるみんなを探して集めてくれたのもあの人」
 アイが言葉を継いだ。「あんた、あんなところに倉庫借りてたんだ。あたしらからだまし取ったもの、全部あそこにあるんでしょう。鍵貰ってくからね、覚悟して」
「どうするつもりだ」
「さあ、どうしようかなあ。夜はまだこれからだし、ゆっくりお仕置きを考えるよ」ケイが薄ら笑いを浮かべて言った。
 俺は、必死で首を回した。体がしびれてまだ動かない。
 モエがロープをしごきながらやってきた。
 その向こうに、長い髪の女がいた。立ち去ろうとしていた。
「待ってくれ!」俺はかすれた声で叫んだ。「俺を、俺を連れていってくれ!」



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