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「Butterfly」



 男は乾ききっていた。
 赤茶けた大地はどこまでも広がり、砂埃を巻き上げている。
 無慈悲な太陽が頭上から照りつけまるで巨大なオーブンの中のようだった。
 舌は口の中でボロ雑巾と化し、膨れ上がっていた。

 脚を引きずりながら、砂漠地帯を歩く男。
 小高い岩場が続き、残り少ない体力を搾り取られる。
 路傍の草を歯噛んだり、石ころをしゃぶったりするのも、もう限界だった。
 乾いた眼球を、砂が洗った。

 ついに、大きな岩の陰にある日影に逃げ込んだ。
 もう一歩も歩けなかった。
 こんなところで俺は死ぬのか。こんな遠くの、どことも知れぬ場所で。
 男は何の感慨もわかなかった。

 いつか、眠り込んでしまっていた。
 あたりは真っ赤だった。夕暮れ。
 軋む体を起こし、今目の前に現れた奇妙なものを、見定めようとした。
 それは大きな蝶だった。 

 蝶は、ひらひらと舞い、男を誘っていた。
 もう、住処に帰ろうとしているらしい。
 そこにはきっと水があるのではないか。少なくとも植物はありそうだ。
 男は、憑かれたように立ち上がった。

 美しい蝶は、羽を広げて遊よくしていた。
 その後を、男が歩いていく。
 やがて蝶の行く手に大きな森が現れそこから湿気を含んだ風が吹いてきた。
 こんな不思議なオアシスは、見たことがなかった。

 森の中へ分け入ると、時が止まった。
 今が昼なのか夜なのかも分からなくなった。
 下草を分けて男は歩み続け、葉の陰に消えては現れる蝶を追っていった。
 水音が聞こえたような気がした。

 森が開け、小さな湖沼が現れた。
 そこには、無数の蝶たちが、舞い狂っていた。
 男は、物も言えずに水辺に倒れこみ、口をつけて澄んだ水を飲み続けた。
 水は冷たく、甘かった。

 喉を潤した後、しばらく眠った。
 目が覚めたら、今度は空腹に襲われた。
 しかし到底、わずかな手持ちの非常食は、喉を通りそうもなかった。
 男は、赤とオレンジに彩られた木の実を見つけた。

 森の中を歩いて行く男。
 いつしか夜は明けていたらしい。
 蝶がまた現れた。男は後をついて行った。自分でも理由はわからない。
 前方が明るくなってきた。

 不意に広々とした場所に出た。
 森を抜けたらしい。草原が拡がっていた。
 砂漠地帯から抜け出たのだろうか……いや、そんなはずはない。
 空は穏やかに、青々と晴れ渡っていた。

 そこへ信じがたいことが起こった。
 子供の拳ほどの雹が降ってきたのだ。
 慌てて、森へと駆け戻る男。木陰に逃げこんで、振り返った。
 雹の白と空の青の間に美しい虹が。

 ここは極楽だろうか。
 なんて、なんて美しいんだ。
 罪から逃げるように、己から逃げるようにしてやってきた、この辺境の地。
 その果てに、彩光無限の光景が待っていようとは。


 


 男の身体に蝶が停まり、羽をひらひらと動かしていた。
 長い長い眠りから、未だ醒めることなく。
 男は植物と呼ばれ、白い布にくるまれていた。
 身体から無数の管が伸び、電極が張り付いている。
 罪人であっても、法が死を命ぜぬ限り、男は生かされていた。
 生の世界と切り離されたまま。
 男がどんな夢を見ているか、誰にもわかるはずはなかった。
 どこからか入ってきた、見慣れぬ大きな蝶は、ふっと男の身体を離れ、どこかへ飛んでいってしまった。












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