2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「edge〈⊿-mix〉」





 少し時間を戻そう。

 カシノユカは黒電話を切った後、速際警部補にこう言った。
「少しお話があります」
「なんだ?」
「この事件、ちょっと心あたりがあるんです。でもそれは後でお話しします。
 さっきのお話ですが、二通りのいきさつが考えられると思います。
 ひとつは、被害者の方の連れの女性がなにか凶器になるもの、……例えば編み棒とかですね、そういったものを持っていて、とっさに刺してしまった場合。泥酔していながら、自分で凶器を隠したか、または、第三者が持ち去ったか、ですよね」
「そうだな」
「しかしどちらもありそうにない、というか不可能でしょう。凶器を隠しながら、手は血だらけのまま、なんて。血だらけの手で平然としてるほど酔っているなら、凶器を隠すことは無理でしょうし、凶器を隠すだけの冷静さがあれば、手くらい洗うか拭くかしそうなものです。
 もし第三者がうっかり持ち去ったとするなら、なぜ騒ぎもせず、警察に証言もせずその第三者はいなくなってしまったのか? 第一、なぜそんなことをしたのか? 全く筋が通りません」
「なにか事情があったのかも知れないよ」
「それは否定しませんが、可能性は低いです。無理がある、と思います」ちょっと口ごもって、「それよりも……その第三者が犯人だとしたらどうでしょう」
「さっき、それは君自身が否定したよ」
「私が否定したのは、『その第三者がよそから侵入して、犯行後ここから逃走した』という仮説だけです。
 いいですか、なぜここで犯行を行わなければならなかったのか? それは、犯人にとって、ここ以外に被害者と接触し、疑われず、人に罪をかぶせることが出来る場所がなかったからです。
 ここでなら、被害者とその連れに、薬を盛って泥酔させることができた。
 ここでなら、犯行現場に自由に出入りして、誰からも怪しまれずに済んだ。
 ここでなら、凶器を隠し、また後で処分する事が出来る、と考えた。
 必然性があった、というわけです。
 そこでお願いですが、関係者全員にこう言っていただけませんか。
『現場保全のために今日からここを閉鎖させていただきます。お店の関係者は、必要なものを持って帰っていただいて結構だけれど、手荷物の確認をさせてもらいます』と。『明日から徹底的に、凶器を探します』とも言ってください。
 そして、張番の方に、誰かが忘れ物を取りに来たら、中に通して結構。一応付き添って、中まで連れてくるように、と」

 深夜になって、バイト従業員の一人がやってきた。
 忘れ物をした、レジの横に携帯を忘れたのだが、明日の朝どうしても必要なので、取りに行かせてほしい、と。
 警官は一応渋って見せてから、中についてきた。従業員は、勝手知ったる店内を、先に立って進んだ。
 レジの横に置かれた携帯をとり、警官が見てないのを確認して、何かを素早くポケットに入れた。
 合図があって、店の照明が明々と付き、速際警部補が素早く従業員を取り押さえて言った。
「今隠したそれを、見せていただけますか」
 周りを警官が取り囲み、従業員がもがいたが、婦警が手錠を掛けると、ぐったりと力を抜いた。婦警が手袋をした手でポケットから何かを掴み出した。
 それは、古めかしい伝票差しであった。
 従業員……昨晩カシノユカの部屋に行き、今夜事件を「発見」して騒いだ女が、唇をかんでうつむいた。
 ふとカシノユカに気がつくと、女がののしった。
「占い師が警察にチクッたんだ、いいのそんなことして」
「なにそれ!」ノッティーナさんが言い返した。
「何も言ってませんよ、昨日あなたがウチに来たことも。あなたはここに来たことで、自ら告白したんです、自分がやりましたって」悲しげに、カシノユカはそう言った。

「私は始めから、凶器は何であるか、どこへ隠したかは犯人に教えてもらえばいいと思っていたので、考えていませんでした。
 ただ、あの女性が昨日うちに来た時、気になることを言っていたので、心配してこの店に来てみたわけで、そこへこの事件です。すぐにあの女性の顔が浮かびました。すると、あの人が発見者だっていうでしょう?
 ちょっとアンフェアでしたね、始めから犯人は分かっていたんですから。
 あの女性は、まず飲み物に精神安定剤か睡眠導入剤を混ぜて、二人の意識を朦朧とさせました。もしかしたら男性のほうは寝ていたかも知れません。薬品のことは血液を調べればおわかりになるはずですが。
 そして、まるで注文を受けるような素振りで部屋へ入って行き、あの伝票差しで刺したんです。
 あれだとそう大きな傷はできませんから、返り血も浴びませんでした。
 その後、凶器をきれいに拭いてレジの横に戻しておきました。ご丁寧に伝票を差して。
 その僅かな隙、レジの横に伝票差しがない状態の時に、誰かお客が帰ったりすれば、危うかったけれども、素早く仕事をしてうまくいったんです。ここが一番際どいところでした。
 それから、十分ほど待って、もう確実に死んだろうと思うタイミングで再び部屋に入って行きました。
 多分犯人は驚いたことでしょう、泥酔状態の連れの女性が、彼の出血を止めようとして、手を真っ赤にしていたのですから。好都合なことにね。
 脈を見るとすでに止まっている、そこで犯人は、悲鳴を上げたんです」
「三角関係のもつれだなんて、もう陳腐で呆れ返るくらいだが、いつも口論をしていた彼女が、必死に血を止めて助けようとした、ってところが救いだな」速際警部補は、ため息をついた。
「伝票差しで刺す、なんて、従業員しか思いつかないですね。ま、遅かれ早かれ鑑識の方で見つけてましたよ」鼻息荒く、松田刑事がいきまいた。「ガイシャの周辺を洗うなり、携帯を調べるなりすれば、あの女もすぐ浮かんだでしょうし」余計なお世話だったと言わんばかりだ。
「ところで、あれ、もう少し貸しといてくれ」と言って、速際がカシノユカに何か手渡した。それはあの伝票差しの預かり票だった。「あれも証拠なんでな」
「本当の凶器も、ちゃんと保管してるんでしょう? あれに、血液反応と、おそらく血液の着いた指紋が残ってるはずですから」
「うん、本物をエサにするわけにはいかないからね、公判の時に弁護側に突っ込まれるし」
 ふん、考えてなかったと言いながら、きっちり凶器も見抜いていたか。相変わらずこの占い師、抜け目がないな。速際警部補は苦笑した。

 帰り際、カシノユカが振り返って、速際を見た。
「彼女、もし落ち着いたら、ゆっくり話したいんですが」
「山下祐希かね、彼女なら病院に……」
「いえ、もう一人の女性です。内田慶太さんのもう一人の彼女。私のお客ですから」
 そう言って、静かに帰っていった。
 その後を、忠犬のようなノッティーナさんが付いて行くのだった。



コメント

非公開コメント

プロフィール

髭熊船長

Author:髭熊船長
FC2小説サイトに小説を書いています。

月別アーカイブ
FC2カウンター
リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR