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鏡の国のPerfume 【4】




前略。

 僕は、しばらく前から気になっていることがありました。

 それは、例えばこんなことです。
 ブレイク前からPerfumeのライヴを間近で見てきた人たちからの、最近のライヴのMCに対する〈違和感〉。
 不自然、わざとらしい、との印象であるとか。

 広島に住んでいるファン(非ファン)から聞いたことのある、今のPerfumeの広島弁に対する、〈違和感〉。

 または、あーちゃんのこんなセリフ。
「最近、あなたたちはいい子だとか言われますけど、アタシたちの何を知っとるんじゃろ、と思う」

 これは、ブレイクした後、急に寄ってきた大人たちの美辞麗句への、〈違和感〉の表明でした。

 繰り返し確認しますが、もちろん僕はPerfumeへどうこうクレームを言おうとしているのではありません。むしろその逆、弁護を買って出ているのです。

 前にいった、ブレイク前の「野良アイドル」たちは、急に周りの状況が変わり、偉そうな大人たちが涌いて出て、あれこれ言い始めたことに、いい印象を持ったはずはないと思います。

 ちょうど17才~19才。僕らもそうでしたが、大人たちの言う事など、まともに受け止めはしません。反抗心や独立心が旺盛になるころです。

 しかし、そこで反抗したり、自棄になれば、せっかく掴んだ蜘蛛の糸が、あっという間に切れてしまう。分別、野心、そして自立心が、心のなかに荒れ狂っていたのかも知れないな、と僕は妄想します。
 そして、それはとても健康で正常なことに思えます。

 彼女らには、今まで一度もあったことがない人、いっぺんもライヴに来たことがない人達が、自分たちのことを良く知っている風なのが、奇妙に思えたはずです。

 かなり後になるまで、動画サイトの存在さえ、よく分からなかった、らしいのですから。

(掲示板の存在は知っていて、あーちゃんがチェックしていたらしいという、Perfume伝説が存在しますが)

 とはいえ、そのうちその事を理解したでしょうし、会場のファンたちが、まるで父兄のように自分たちを見ている理由も理解したのでしょう。

 そこで彼女たちにできることは、その関係を続けること、そしてどうすればみんなに喜んでもらえるか、考えることです。




 内面の成長とうまく折り合いをつけながら、彼女たちはおそらく意識的に、〈求められるPerfume像〉を表現し始めます。

 前は、無意識に、というか無我夢中でやっていたこと。それを、会場のファンたちの頭の中にある、無数の鏡に映し出された自分たち自身を、意識した後に演じなければならない。

 学芸会でも何でも、演技というものをしたことがある人には、分かると思いますが、なにも考えずに出来ていたことでも、一旦意識すれば、それは必ず不自然になります。



 ライヴに演出が加わり、細かい決め事があること、それはちっとも大変なことではなく、むしろ助けとなりました。
 その後のMCタイムこそが、大変だったと思います。

「PerfumeのあーちゃんのMCはおもしろい」
「かしゆかとのっちの掛け合いがねー」
「最後は、あーちゃんの涙で、もらい泣きしてね」

 そういう前知識や、ライヴ場面を、たっぷり見てきた人たちを前にしていると、Perfumeは知ってしまった。
 動画による記憶の更新を、絶えず行っている観客。
 それは、まるで毎日子供時代のビデオやアルバムをめくっては、「あんたはこの頃からいい子でね、優しくてね」と、常に昔のことを口にし続ける、過保護な親のようだったかも知れません。
 
 「虹を掴む男」のウォルター・ミティの母親のように。いささか自虐的に考えれば、ですけどね。




 そうです。僕の〈仮定〉とは、

「しばらく前から、Perfumeは、過去の自分達の模倣をしているのではないか」

 ということです。

 今まで、ご説明したように、やむにやまれぬ事情から、そうせざるを得ないのではないか、と。


 善意の応酬による、優しい〈壁〉が、彼女たちを囲んでいるのかも知れない。

 それが、僕の中にあった、密かな危惧でした。


 まだ、この話は続きます。

 明日は、取材してきます。なんちて。





鏡の国のPerfume 【3】



 前略。

 続きは明日、と言いながら、日付が変わってしまいました。



 さて。
 昨日書いた内容を、軽くおさらいします。

 我々おっさんPerfumeファン、しかも動画を漁ってしょっちゅう見ることから始まった、バーチャルなファンは、
Perfumeの三人に流れたリアルな時間をしっかり認識できず、
各年代の彼女らの姿が脳内に偏在していて、
そうした時間経過感覚を失ったイメージの平面化によって、
非現実的なPerfume像を抱え込んでしまっているのではないか。
 ということでした。

 では、三人の方に流れた時間はどうだったのか。

 そんなことは分かるはずはありませんが、ごく常識的な想像だけで考えてみましょう。

 中学生から高校生にかけて、芸能活動をするために地方から出てきた彼女らは、当然思春期を特殊な環境で迎えることになります。
 寮生活によって、両親と離れていること。
 年長者、大人に囲まれた生活と、同年代の子らに囲まれた学校生活。
 そうした環境は、おそらく抑圧的で、年齢より大人な振る舞いを要求されるものだった。
 その反面、親との衝突や反抗、大人たちから押し付けられるルールからの逸脱、という〈正常な〉成長過程を経ることができなかったために、内面的には他の子に比べて幼い部分があったと思います。

 つまり、〈働く優等生〉であったがために、殻を破れないまま、外側だけは大人になっていたのではないか。

 彼女らの成長のためには、だからPerfumeの危機的状況は、かえって良かったとも言えます。下手に売れていれば、典型的な子役症候群にもなりかねませんでした。

 おそらく、かしゆかが真っ先に自分を変えていったのではないでしょうか。(あーちゃんの証言による)
 分かるはずもありませんが、どこかの時点で、三人は、自分の殻を壊し、周りともぶつかって、大人になった時期があったはずです。

 それがどのタイミングで、何をキッカケであったのかはさておき、今の彼女らを見ていると、確かに大人になっていますから。

 しかし、その戦いは、必ずあったはず。壁にぶつかって跳ね飛ばされ、壊し、乗り越えていかないと、人は成長できません。

 とはいえ、三人は職業的にPerfumeでなければならず、そこではより幼い頃からのキャラクター設定がしっかりあります。それを大きく変えることはできませんでした。少なくとも、世間に自分たちが認知される前には。

 キャラ設定とはいえ、自分たちの個性を生かしたものであり、徐々に変わってきてはいました。ただ、そうした〈公的人格〉を変化させられる時期より早く、〈内的人格〉の成長を迎えてしまった。

 その、ズレが、例えばブレイク後の不安定さや、三人同士の時の生の姿と、外部に向かった時の〈ペルソナ=仮面〉との微妙な違いを作ったのではないか、と想像します。


 で。
 それこそ、三人の中で、悩んではいてもおそらくその問題に対して、最もタフに対応していそうなのっちが、ステージに上がる。
 すると、そこにはおっさんファンたちが、BEE-カメのアホの子のっちや、亀戸のっち、残念のっちを頭の中で混沌とさせながら、自分を見る、ということになるわけです。

 今の、リアルな自分を出してしまうのっちは、目を伏せ、又はじっと見返します。幻影=イメージの圧力に対抗するように。

 もちろん、想像ですが、こういう想像をしてしまうと、Perfumeの側からすれば、ちょっと大変だろうなと思わざるを得ません。

 芸能人であるからには、大勢の観客からの、イメージの圧力に対抗しなければいけないのは、むしろ当然で、ステージに上がる醍醐味へと変えていかなければとても耐えられないでしょう。それに関しては、Perfumeはむしろベテランであり、心配はいらないと思います。

 しかし、僕ら観客の脳内に、ただの妄想だけではなく、映像によって強化された幻影が乱舞している。これは、かつてなかった現象であり、映画・ドラマ俳優に近いカタチであろうと思われます。

 言い換えれば、これまでのアイドルは、ファンの頭の中の〈夢〉と対峙すればよかった。そして、現実の自分自身の魅力によって、戦いに勝てた。

 ところが、Perfumeは、夢ではなく〈過去の自分〉と戦わなくてはならない

 これは、しんどいことではないでしょうか。



 で、ここで〈仮定〉が浮かび上がります。

 果たして、今。Perfumeはそれら、過去の自分の幻影たちと、戦えているのか。
 それが許されているのだろうか。

 その幻影たちの力で、ブレイクしたことを自覚しているPerfumeが。




 明日、てか今日、続きを書きます。


鏡の国のPerfume 【2】




 前略。
 さて、おじさんによる、おじさんのための、記事です。
 今から挙げるリスト、憶えてます?


 ●映画
 海猿 ウミザル
 世界の中心で、愛をさけぶ
 いま、会いにゆきます
 ハウルの動く城

 ●大河ドラマ 「新選組!」

 ●連続テレビ小説
 前期 「天花」
 後期 「わかば」

 ●月9ドラマ
 プライド、愛し君へ、東京湾景、ラストクリスマス

 まあ、憶えてますよね。少し前だけど、そんなに昔~ッって感じはしないですよね。

 でも、若い人達からすれば、これらは大昔なんです。

 だって……



$ひげくま船長のそうでない漂流記 Secret  message in a bottle



この頃なんですから……。



 ことほど左様にですね、年齢によって時間感覚には大きなズレがあるわけですね。



 さて、これからお話することは、ごく当たり前のことです。皆さんすでにご承知のことです。
 しかし、それでも確認しながらでないと、話が進みませんのでご了承を。

 Perfumeというグループがある程度知名度を獲得したキッカケとして、「ニコニコ動画」の存在が大きかったことは、確かだと思います。
 一部のリアルな現場で応援していた人たちを除けば、「ニコ動」で動画がアップされていって、それを見た人たちの書き込みによって評判となり、掲示板などで話題が増殖していきました。
 PVはもちろん、初期からのファンによるレアな映像など、枚挙にいとまがないほどの映像群がアップされていったわけです。(実例はくだくだしいので省略いたします)

 結果、ライブを実際に見て応援しているファン層の他に、未だ実物を見ることもなく、ウェブ上の動画によってPerfumeに触れてファンになった人たちが、彗星の尾のように情報を追っていき、現場へと集まり始めた。その現象がブレイクの起爆剤となったのでしたね。



 さて、現在でもかなり削除されたとはいえ、動画サイトにいろんな動画が存在していますよね。ちゃっかり確保していた人たちが、こっそりアップして、まさにいたちごっこの様相を呈しています。

 念を押しておきますが、その事は、ファンとしては大変ありがたい。素晴らしいことだと思っています。
 ただ、事実は事実として、淡々と確認しているだけです。

 先程の例にもあったように、ある程度の年齢になると、5年6年はあっという間に感じてしまい、時間感覚というか、経過した時間をリアルに体感できなくなってきます。
 そのような年齢に達した僕らが、なおかつPerfumeの動画を手当たりしだいに眺めているわけです。
 広島時代、インディーズ亀戸時代、イベント、ゲスト出演、トップランナー、その他その他。
 小学生、中学生、高校生、19,20、21。
 何度も、何度も。

 僕らの頭の中には、各時代、各場面のPerfumeたちが、並行して、同時に偏在しています。

 問題は、それらのイメージが、現実の時間と切り離されていることです。



 ウェブ上で出会う前に、現実にPerfumeと出会った人たちや、Perfumeと同年代の人達は、自分自身の現実の時間がものさしとなって、錯覚を修正できます。

 僕らはそうは行きません。頭の中の膨大なイメージが、同一時間の同一空間に並んでいるのです。

 まさに、イメージの混沌そのもの。

 そこへまた、ネット上に小説なんか書いて混乱させる手合いが居るものですから、イメージはもう大混乱です。(笑)

 そうした状態のファンたちが、現実の……21才の……Perfumeを見に行くわけです。

 あちらはといえば、もちろん現実の時間を生きていて、成長しています。ブレイクしてからは、1年が2年にも3年にも思えるほどの濃い時間を過ごしていたのだそうで、例えば「モノクロームエフェクト」や、「ビタミンドロップ」の頃は、前世かと思うほど昔に感じているのではないでしょうか。

 その齟齬、その感覚の隔たりたるや……気が遠くなりそうです。

 今回のトゥワーにせよ、ファンたちは、もしかしたら出かける前に広島時代と亀戸ライヴの映像を確認してきて、ことによると前夜に「bitter」も見ちゃったかも知れません。
(それがイケナイと言っているんじゃないんですよ。なんども確認しますけど)
 

 で、僕は思うのですが。
 ファンから、そうした奇妙な形で応援されてきたアイドルは、あまりいなかったのではないでしょうか。
 モー娘。は、テレビ番組でリアルタイムに応援していくという「高まりシステム」が働いていましたが、後追いのファンたちが動画サイトで初期の動画を見たら、そんな感じになったかも知れませんが、でも、それでも「現実時間からの遊離」は、なかったはずです。

 この現象自体が、今日のPerfumeを支えてきた大きな力でした。

 しかし、この力自体が、両刃の剣となりつつあるのではないか、僕はそう思っています。



 この続きはまた明日です。





 

鏡の国のPerfume 【1】


前略。


以前から考えていた事なのですが……。

今までのアイドルとPerfumeとでは、決定的に違っている事があります。

ほんとう言うとPerfumeだけではなく、他にも例があることなんでしょうが、分かりやすく現れてきているのが、Perfumeなんだと思います。

今回のファンクラブトゥワーのレポを眺めていたら、その考えがますます確信へと変わりはじめています。


僕の中にはある「仮定」があって、それがもし事実だとすれば、Perfumeやファンにまつわる様々な現象が符合するのですね。



なんて思わせ振りな事を書いてますが、なんちゃあない話ですきに(笑)


ただ、長くなりそうなので、
帰ってからゆっくり書くことにします。


ではまた。




大河を下る笹舟のように




前略。

 僕が書いたコメントに、黒猫さんからお手紙着い……違った、黒猫堂さんからがっちりした記事の形でレスをいただきました。

 で、それへの返答、ではなく、そこからの展開として記事を書かせていただきます。

 つまりは、メインストリームとは何か、ってことなんですよね。



 Perfumeのこれまでのことは、上の記事を参照していただくとして。
 つまり、それは縦糸です。

 で、横糸としては、現在只今の日本のポップス界において、Perfumeは今どのへんにいるのか、ということになると思います。

 ファンサイド=内側ではなく、外から見た場合、どうなのか。

 今の音楽は個別化が進んでいて、世代や男女差だけではなく、千差万別の小さな流れが、寄り集まって大きな流れになっている印象があります。

「五月雨を集めて早しJ-POP」

といった感じでしょうか。

 で、例えばチャートであるとか、CDショップの店頭であるとか、歌番組であるとかの「川の流れ」を眺めたとき、流れの中心近く、最も水量が多く流れの早い場所が「メインストリーム」であると仮定します。

 そうしたとき、……去年、一昨年といわゆる三冠をとったPerfumeですが、僕らが思うよりずっと「川岸近く」にいるのではないか、というのが、僕の考えです。


 主流であるとはどういう事か。
 いわゆるコンピアルバムなどに収録されたり、といった形で、現在の主流とされる楽曲はより広く聞かれていきます。こうしたことが、つまりは主流の証明になっているのが今の状況なんだと思います。

 Perfumeの音楽は、こうした「汎用性」に欠けるところがある。
 言い方を変えれば、「使いにくい」場面がある、というか、よく言えば特徴がありすぎるんですね。

 これは、実は本来なら優れている部分のはずですが、今はクセのない、程々の楽曲が求められているのではないかと。



 それに加えて、世間の人は、驚くほど音楽をちゃんと聴いていないんですね。

●「チョコレイト・ディスコ」と「ワンルーム・ディスコ」の区別がつかない人。

●声のエフェクトを、「こういう声の歌手」だと思っていた人。

●「ポリリズム」のポリループ部分を、説明して聴かせても「うん、まあ調子がいい曲だね。テンポが良いなとは思う」としか感じない人。

 これ、すべて実話なんですが、つまりはそういうことです。(笑)

 それと、これも経験あると思いますが、Perfumeの音楽を受け付けない人っていうのも、かなり多い。

「あ、俺、とりあえずアイドルとか無理」

「まず踊りながら歌ってる時点で、ないわ」

「これ、録音した歌に合わせて踊ってんでしょ。ほんとにこの子らが歌ってるかどうかわかんないじゃん」

「こういう機械的な音って、だめなんだよね。イライラする」

「なんかピコピコして、古くね?」

「基本、泣ける歌とか、元気づけてくれる歌しか聞かないのよ。それ以外は、ただのBGMになっちゃう」

「ドラマのラストシーンとか、映画のテーマ曲に使われなさそうだよね。じーんとしないよね」

 あ、怒らないでくださいね。僕がこう言ってるんじゃないんです。世間の「Perfumeを受け付けない人」の意見はこうかな、と思って挙げただけです。



 世間には、音楽を聞かない人、お気に入りのミュージシャンの曲だけ聴いて他に手を出さない人、上に挙げたような好み、偏見、先入観によって除外する人など、それと一度は聴いたけどもう飽きた人まで、いろんな要因でPerfumeの音楽を聞かない人達がいるわけです。

 もちろんそれはお互い様であって、僕にしても全く関心を持てないミュージシャンはたくさんいます。
 でも、Perfumeは比較的、「聴く人を選ぶ」んじゃないかな、と思うんです。
 それも、ファンからしたら、意外におもえるほどはっきりと。

 ファンにとっては大きく変わってきたPerfumeの曲ですが、世間の人達にとっては、それほど差が分からない、似たような曲に思えている、のかも知れないわけです。
 ですので、縦糸を辿れば「メジャー志向」になってきたPerfumeですが、横糸を眺めればまだ「マイナー」な存在なのかな、って。そう思うんです。


 大きな川の中央へ向かっていって、他の楽曲の流れに飲み込まれてしまうことが、果たしてメジャーになったと言えるのかどうか。

 そこでも、はっきりと個性を主張出来る存在になれるのか。

 それとも、川の流れの端で、温度や色の違いを主張しつつ、ゆったりと河口までたどり着く存在になるのか。

 あえなく淀んだ淵で停滞してしまうのか。

 そこらが、これからのPerfumeの課題なのかな……。








 と、こんな見方もできますよ、というお話でした。



 ではまた。




プロフィール

髭熊船長

Author:髭熊船長
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